<ファイナンシャルアドバイザー> ロジャー・フェデラーに学ぶ「小さな勝利」の威力――長期的な投資の成功をつかむ鍵
一瞬のごくわずかな優位性が、やがてとてつもない結果を生む可能性がある
ダニー・ヌーナン モーニングスター ウェルス シニア・インベストメント・ライター
2024年10月29日
ロジャー・フェデラーはこの夏ダートマス大学の卒業式で、彼のテニスキャリアからの深い洞察について語りました。
フェデラーはそのテニス人生において1526回シングルスの試合を闘い、そのうち8割近くで勝利をおさめたと、そのスピーチの中で語りました。しかし、その後、彼は卒業生にある質問を投げかけました。
「さて、そこで皆さんに質問します。その試合で僕の得点は何パーセントだったと思いますか?」
その答えはというと、54%だそうです。
史上屈指のテニスプレーヤーの一人であるにもかかわらず、フェデラーが獲得した得点は辛うじて全試合の点数の半分を超えるものでしかなかったのです。勝利の魔法はわずかな優位から安定して生み出されてきたもので、時間が経つにつれて並外れたものへと集積されたのです。
投資もまた、これによく似た経過をたどります。
日々の市場の動きは予測できません。ある日の株式市場が上昇するか下落するかは基本的にコイン投げのようなものですが、ある1日がプラスのリターンになる確率は53%と、半分よりわずかに優位です。
大したことではないように思われますが、フェデラーのように、このカミソリの刃のように薄い優位性は、素晴らしい結果へと積みあげることができます。しかし、それには規律が必要であり、フェデラーは当初、そのことに苦労していました。彼は次のように説明しています。
「私のキャリアの初期に、イタリアンオープンの対戦相手に私の精神的な自己管理について指摘されたとき、目が覚めた思いでした。彼は『最初の2時間はロジャーが優勝候補で、その後は僕が優勝候補になる』と言ったのです」
フェデラーは試合全体を通して一貫したペースを保つのに苦労しました――ハイペースで始めるものの、最後には失速してしまうのです。要するに、彼は疲れるにしたがって自己鍛錬の成果を発揮できずにいました。
投資家が、このアナロジーを理解するのは難しくないでしょう。株式市場が好調なときは誰もが、自分が素晴らしい投資家であるかのように感じますが、本当の試練は下げ相場のときに訪れます。フェデラーは、より多くの有酸素運動やデータ分析など、対戦相手の弱点を突くために競争力の改善に熱心に取り組むようになりました。彼はその後の競技生活を通してこうした方法を実行し続けました。
彼の一つ一つの取り組みが統合されて、彼を史上最高の選手の一人にしたのです。非常に厳しい有酸素運動の強化により、彼は試合の後半でより際立った力を保つようになりました。試合の後半で力を発揮することで、彼は対戦相手の弱点を利用することができました。これら2つの要素が組み合わさって、彼の自信の基盤が築かれました。
フェデラーは、「自信というものは、自分で勝ち取るしかありません。そして、こうして本当に自信が芽生えた瞬間が訪れました」と語っています。
問題はフェデラーの話と同様の、投資家の実用に足る、わずかな優位性を時間の経過とともに増大させるノウハウがあるのか?ということです。以下では、柔軟性の高いポートフォリオを構築するために必要な主要な基礎的要素(ビルディングブロック)をいくつか取り上げます。
ビルディングブロック その1:コストが重要
投資ビジネスにおける唯一の確実なことは、支出が少ないほど、より多くのお金が維持できるということです。
バンガード・グループの創始者であるジョン・ボーグル氏は、これをコスト・マターズ(手数料問題)仮説と名付けました。これは単純な引き算で、投資にかかったコスト(ファンドの手数料、取引手数料、ファンド保有中の費用など)がリターンを押し下げる直接の原因となるということです。
賢明な投資家は、この概念を肝に銘じて投資する商品を選択する必要があります。では、手数料の低いファンドだけを買えばよいのでしょうか? そうではなく、商品を検討するときに手数料の高いファンドについてはより高いハードルを置いて、手数料の低い選択肢より厳しい目で評価すべきだということです。
ビルディングブロック その2:マネジャーの選択
投資にかかるコストの管理とともに、運用者の選択を入念に行うことが必要不可欠です。フェデラーと同様に、投資戦略や資産クラスは何を選んでも短期的に不振になる時期があります。
この、投資戦略や資産クラスに付きもののパフォーマンスが低下する時期に、一部の投資家は当初に信じた方針を放棄して別の投資機会を求めるかもしれません。状況によって異なるものの、規律ある投資のアプローチは、長期的な視点で市場というものの潮流を理解した上で、この悲観的な局面を利用して値下がりしているマネジャーや資産クラスに資産を割り当てることです。
ビルディングブロック その3:グローバルに資産を分散する
グローバルに資産を分散することで、盲点を減らすことができます。これからの10年は、過去10年間とは異なるものになる可能性が高く、分散投資がなぜ不可欠なのかという、シンプルでも非常に重要なことが良く理解できるでしょう。
2024年、ここまでのところ中国とアルゼンチンは世界の株式市場で最も高い運用成績をあげた市場となっていますが、これは誰も予想していなかった結果です。この10年間では米国が世界の株式市場をリードしてきましたが、それ以前の10年間(2000年から2010年)は米国株のリターンは0%でした。
米国が世界の時価総額の60%を占めていることを考えると、米国はあらゆるポートフォリオで大きな比率を占めるのは確かです。それでも、米国株に資産の100%を配分するのは、あまりにも集中リスクが高すぎる可能性があります。
投資家は「魚がいる場所で釣りをする」こと、つまり湖の一角で孤立しないようにすることが理想です。だからこそ、投資を行うときにはグローバルな視点で考えることが重要です。
ビルディングブロック その4:リバランス
『ウォール街のランダムウォーカー』の著者であるバートン・マルキール氏は、かつて次のように書いています。
「私たちは皆、株式市場の最高値がいつなのかを魔神が教えてくれて、売り抜けられればいいと願っています。リバランスは、それを実現するための一番の近道です」
例えば、世界株式60%、債券40%に投資を行う仮想ポートフォリオについて、過去30年間に毎年リバランス(※値上がりした資産を売却して値下がりした資産を買い、毎年当初の資産配分60:40にもどす)を行った場合と、購入後そのままずっと保有し続けた場合を比べると、年1回リバランスをした方が、時間の経過とともにリスク(標準偏差)が低下し、最終的なリターンも高くなります。
目標は、各ビルディングブロックを粛々と積み上げることができるように、より統制のとれたプロセスを構築することです。そうすれば最終的には、ポートフォリオの柔軟性が増し、より市場変動に耐久性をもった投資成果が得られる可能性があります。
もちろん、このプロセスだけでは何も約束されませんし、完璧なポートフォリオというものも存在しません。しかし、それはあなたの投資を統制のとれたものへと強化し、時間の経過とともに意義深い成功につながる「短期的なごくわずかな優位」の威力を解き放つ可能性があります。
フェデラーは続けて、「ほとんどの場合、大切なのは才能ではなく、GRIT(※)、つまり粘り強く取り組むことです」と付け加えました。(※GRITはGuts(闘志)、Resilience(粘り強さ)、Initiative(自発)、Tenacity(執念)の4つの頭文字をとったもの)
どのような人生を歩むにせよ、時間をかけて複利効果を活用する方法があり、投資の過程も例外ではありません。